CARESS「カレス」@お台場に行ってきた[2008/05/06]

最近噂の新しくできたCoolなレストラン「CARESS(カレス)」に行ってきた@お台場。
店内は洗練されたイメージかつカジュアル。オープンテラスもあってワイワイと飲むのも楽しそう。料理もひとつひとつが丁寧&美味しい。うーむ、前評判以上だな、これは・・・。
誕生日のお祝いだったので、その旨を伝えたところ、快く趣向を凝らしてもらうことができた。Webサイトでも紹介されていた安曇野の豚肉は、びっくりするぐらい柔らかく味もしっかり。また、サラダのソースがアンチョビを使ったものだったり、どの料理も一手間、二手間かけた、楽しく美味しいものばかり。



まだオープンして間もないということらしいんだけど、既に店内はお客さんで一杯。カジュアルなデートにはピッタリだし、これはすぐに予約も入らない状態になってしまうのではなかろうか。
ということでみんなにもご紹介。お越しはお早めに。近いうちまた行きたいなぁ。
May 6, 2008 1:46 AMComments (0)TrackBacks(0)
「できるけど、できないこと」という領域[2008/05/05]

「できること」と「できないこと」の他に「できるけど、できないこと」という領域があって、ここを意識すると結構おもしろい。
大企業や、高い技術を持っている技術者は、一見「できること」だらけに思えるわけだが、実は「できるけど、できないこと」だらけ。
規模が大きければ大きいほど成長を余儀なくされる企業は、基本的に成長につながらない方針は執れない。高い技術が飯ノ種の技術者も同様。また、相対的に別の何かに注目せざるを得ない場合も同じで、結局のところ力は行使されない。つまり、「潜在的な力が、ある条件・方面において発揮されない領域」が、「できるけど、できないこと」と言うわけだ。
「できるけど、できないこと」を意識するということは、対象が、進む・進まざるを得ないベクトルを推理することで、俯瞰的に物事を見ることなる。また何より、“構造上ベクトルを向けられない領域”を見極めることは、“楽して勝つこと生涯を捧ぐ”自分にとって、これ以上ないくらいに楽しいプロセスだ。
「できるけど、できないこと」は、必ずどの対象でも存在するし、潜在的な力が大きければ大きいほど領域は大きく安全になるはず。色々と考えてみるのも楽しいと思う。
ちなみに、Googleはsarusaruworld.comを買収しようと思えばできるけど、“しようと思わない”から、できない。
安全だ。イヤッホゥ!
May 5, 2008 11:22 PMComments (0)TrackBacks(0)
AMN「第4回ブロガー勉強会」に行ってきたメモ[2008/03/20]

3/17 AMN主催で行われたブロガー勉強会に行ってきた。まとめを・・・と思ったらこれ以上ない程にきれいにまとめられている方がいらっしゃったので、リンクさせて頂きました。
hiniclip : ヒニクリップ | AMN「第四回ブロガー勉強会」で、ブログと仕事の両立について考えた
ちなみにこんなブロガーさんたちの話が聞けました。
いまさらなんだけど、自分の認識以上に「ブログ」は "その人そのもの" を表すツールとして機能しているらしい。おもしろいな、と思うのと同時に、怖いな、とも思った。まぁ、無駄に、怖がってもしかたないんだけど。なんというか、もう手遅れだし。
もうちょっと、まじめにやってみようかなと思わされる会でした。
以下自分用メモ。
・ブログ禁止という職場で働いたことがないため気持ちわからず。
・ブログ界の基礎知識が足りない(「だ、だれ?」が多かった)。
・論点が見えず、たまにイラっとした。仕事から直行は良くないな。
・ちょっと他人を意識し始めたときの迷走感についての話は安心した。
・継続は力なり。 ただ " なんでもいいから " とはせぬよう気をつけ、続けよう。
・遅刻した上、終電で懇親会を逃す。残念。 知り合いできなくて寂しかった。
March 20, 2008 8:27 PMComments (0)TrackBacks(0)
丸括弧で悩む日 - 表記の標準化について[2008/03/01]

" never mind " が口癖の国で暮らし、想像以上に細かいことを気にする母国の人たちに改めて驚いたのは、もう15年も前のことになる。 電車が30分遅れただけで大騒ぎになるこの国で、1日の賞味期限を気にして棚の奥から牛乳を引っ張り出すこの国の人たちと、本当にうまくやっていけるのか。そう思っていた16の自分よ。安心していい。 31になった君は「文章中の丸括弧が半角であるべきか、はたまた全角であるべきか」で頭を悩ませるまでに成長するのだ。
実際のところ " never mind " マインドが消え去ったわけではなく、" 気にする人たち " を相手に商品を提供する職業意識から気にするべきだと思っただけなのだが、指摘を受けて考え始めるとなかなか深い問題であることにも気付づく。 Webサービスにおける直近の目標であるレコメンドの適正化ひとつ取ってみても、HTMLソースの標準化と並んで、コンテンツであるところのテキストの表記の標準化の議論はもっと活発にされるべきだ。
Googleの評価基準に組み入れられて、日本人慌てる、なんてカッコ悪い事態にはしたくないものだ。
March 1, 2008 7:55 PMComments (0)TrackBacks(0)
メールの署名を書いてやろうではないか![2008/02/10]

「褌(ふんどし)は男の最後の着衣だ!紫や金の褌なんかあるか!
これこそ己の心の様に輝く白であるべきだ!」
と言う、前田慶次(花の慶次より)の名言があった。
当時、柄物のトランクスばかりだった自分は、己の未熟さを心底恥じたものである。
※余談だが、浮世絵シリーズのトランクスを好んで穿いていた頃であった。
そんな男らしさ、いや漢らしさを、メールの署名に感じる事がある。
・・・・・
内山
・・・・・
よろしくお願い致します。
オレは、「内山」なのだ!
それ以上の何が必要だと言うのか!
オレはこれまでもずっと内山で、これから先もずっと内山なのだ!
そういった気迫が伝わってくる漢らしさ。
名前だけの署名なのに、それ以上のものが伝わってくる。
理由なく涙が溢れてくる人も少なくはないだろう。
しかし・・・ただ、しかし!
自分を含めた大多数の人は
「えっと~~仕事のメールなんで~~
『漢らしさ』よりも『TELとFAX』の方を伝えてください」そう思っている。
戦後の高度成長の生んだ悲しい現実だ。
しかし、それが今の日本であり、今の我々の生きる国である事実。
ならば諸君!書こうではないか!メールの署名に高らかと!!
TELとFAX!メールアドレスもくれてやる!
必要ならばWebサイトのアドレスも持って行け!!
っていうか、みんな書こうよ。普通にー。
名刺探すのってすげーロスだと思うんだよね。
そもそもメーラーのアカウント作成時に署名の基本セットがあればかなり違うはず。
インターフェイスって重要だなぁ。
February 10, 2008 8:28 AMComments (0)TrackBacks(0)
優秀な社員を辞めさせない方法[2007/11/30]

Geekなぺーじ : 優秀な社員を辞めさせない方法
http://www.geekpage.jp/blog/?id=2007/11/28
言っていることはすごく理解できるのだが、
「辞めさせない」というスタンスが引っかかって仕方が無い。
思想の産物としてそうなる事に意味があることであって、
結果を真似ることが根本的な解になるとは到底思えない。
むしろ「魅力が無いと思ったら辞めろ」と言ってくれる会社の方が、
つまりは、従業員の事を考えてくれる会社であり、魅力的な会社ではないか。
※経験上、かなりの確率でそうだと思うし
「別れないように、別れないように」と気を使って付き合っても何も楽しくない。
自分と相手と、両方が楽しめる方法を探す。そして、ダメだったら別れる。
恋人同士も、友人関係も、そして会社と従業員も、
それが一番自然だし健全だろう。
と、屈託なく、そんな事を考えられる自分はかなり環境に恵まれているんだろうな。
最後にひとつ。
従業員は仕事を辞めるのではなく、リーダーに対して辞める
これは本当にそうだと思う。
そうじゃない時もあるんだけど。
November 30, 2007 1:36 AMComments (0)TrackBacks(0)
思考停止はハートの問題[2007/11/03]

思考停止の厄介なところは、その最中、自分では気付かない事だ。
その瞬間瞬間は ” それなり ” に真摯に、前向きに、考えている。
思考停止にならないよう気を使っていても、
結局その深さが足りていない事に気付かない。
正確には「気付かない」ではなく「気付こうとしない」。
結局、思考停止の原因は頭ではなくハートなんだなぁ。
やっぱり、プレッシャーは自分でかけないとダメだ。
パリッとしない。
November 3, 2007 11:31 PMComments (0)TrackBacks(0)
フトコロ心配する暇あったら、ウデ磨け[2007/10/20]
October 20, 2007 8:48 PMComments (0)TrackBacks(0)
なぜ人を殺してはいけないのか[2007/08/29]
昔から良く話題には上っているものなので
一応、自分なりの答えをば。
・「なぜ人を殺してはいけない」か
→結論:殺してはいけない、という理由はない。
「人を殺していけない理由」が絶対性を持っているのであれば、
刑罰や教育による、ネガティブキャンペーンを行う必要性は無いわけで、
インセンティブによるコントロールを行っている事実そのものが、
その明確な理由がない事を物語っていると思いますよ、と。
ちなみに、もし子供に「なぜ人を殺してはいけないか」
と問われた時の答えとして、
「キミや大切な人が殺されたら悲しいだろう?だから殺してはダメなんだ」
「殺してはいけない理由はないけど、殺していい理由も無いだろ」
という類の情緒的な説明や成立していない話で、”解った気”にさせようとするのが一番ダメ。
子供はかなりのレベルで色々な事を理解する。矛盾点にもすぐ気づくだろう。
ここはひとつ、ネガティブキャンペーンに徹して
「理由なんかない。理由とかではなく最悪だ。ただただ最悪だ。」
と答えるのがベストだと思う。
昔の人は、無意識にちゃんとやってたんだと思うわー。
August 29, 2007 5:59 AMComments (0)TrackBacks(0)
「楽しい」とは、楽しいと思うこと[2007/08/25]

「何でも楽しいという友人」というエントリーを読んだ。
数学と現代文はパズルだし、物理や化学や生物や地学なんてさ、物体や宇宙や、物体の動きとか、そんな宇宙の根本的なところの話で普通に知ることが楽しいし、倫理なんかも人間の根本的なことだから楽しいし役立つし、しかも過去の超天才、超有名人たちのエッセンスだけピックアップして体系化して知れるんだから倫理なんてマジで超お得じゃん!現代社会とか政経なんて普通に新聞読む時とか実生活に即役立つし、歴史なんて、俺らと同じ人間の今までのビッグニュースを集めたもんだし、しかもなんせ歴史はマジで起こった事なんだぜ、楽しいよ。理科も・・・
結局、楽しもうと思わなければ、何一つ楽しめないのが人生。
そういう意味で非常に同意だし、
つまらない事をダラダラやるほど無駄な事はない点についても同意。
スベりを「つまらない」と思うのは簡単なこと。
それを別の視点から、「おもしろい」に昇華させることこそが安定感につながる。
ずーっとおもしろい人なんて居ないんだから。
正直、ちょっと脅迫観念が感じられて、なんとなく危うい印象も受けるが、
まぁ、改めて見直すという意味では、良いエントリーだな、と思った。
さーて、何をして楽しもう。
ちょっとテンション上がってきた。
August 25, 2007 1:36 AMComments (0)TrackBacks(0)
情熱なんかではないのさ[2007/07/24]

ヒデアキと組んで、この界隈を席巻した、
閃光のお笑いユニット「salanrappers」。
あの経験が、今の自分を作っていると言っても過言ではない。
結局、ネタを作るときの熱い思いなんて、
見に来るギャラリーには関係ないのさ。
ネタがおもしろければ笑う。
つまらなければ笑わない。
※salanrappersはスベった事がない
笑いを取るのは、情熱ではない。
ストイックなプロ意識なのさ。
※プロ意識とか関係なくやってる時の方が、本人達は超楽しい。
ジレンマ。
July 24, 2007 1:46 AMComments (0)TrackBacks(0)
恥ずかしいところをさらすのも良い[2007/07/11]
July 11, 2007 12:53 AMComments (0)TrackBacks(0)
その人はひとりしかいない[2007/07/11]
July 11, 2007 12:52 AMComments (0)TrackBacks(0)
捨てられないのではなく、捨てないだけ[2007/07/11]
物は当然、仕事だって、その気になれば人間関係だって、
自分の意思で全てを捨てることはできる。
色々な事で窮屈に感じるのであれば、
それは自分で自分を縛っているだけ。
嫌ならば捨てればいい。
そう思えばこそ、大切なものも見える。
なんて話を友達とした。
世の中にルールなんてない。
楽に行こう。
July 11, 2007 12:11 AMComments (0)TrackBacks(0)
わかりあおうなんかしていない[2007/07/07]

人間と人間は、わかりあうことなんかできません。
できやしないのです。
少しでもできると思っているのであればそれは傲慢というもの。
結局、他人は他人、自分は自分でしかないのです。バカ。
「自分がわからない」ということは
「相手もわからない」という事になります。
つまり、コミュニケーションは常に一方方向。
自分と、自分がそうと思い込んでいる相手との、
ひとりキャッチボールでしかない。
「ボールが返ってこない」「返ってくるボールが弱い」なんて
不満に思う暇があったら、自分の投げる球を磨いた方がいい。
分かり合う努力なんて不毛だ!
ただひたすらにストレートを磨け!!
July 7, 2007 12:28 AMComments (0)TrackBacks(0)
言葉は不便です[2007/07/07]

昔からそうなんだけど色々な感情を表現しようと思っても、
適当な言葉が見つからない事が多い。
子供の頃「言葉を知らないだけなんだ」と思って、
一生懸命、国語辞典を調べていた事もあったが、
やっぱり、そういう事でもない気がする。
言葉で言い尽くせない程の愛情みたいなものや、
恋愛や友情とも違う、なんか一体感みたいなのや、
単純な尊敬だけではない、嫌いな感じが伴うものや、
生きたいけど、死にたい、みたいなの。
こんなんじゃ、やっぱり人間は分かり合えない。
まぁ、分かり合おうとなんかしてないけど。
July 7, 2007 12:22 AMComments (0)TrackBacks(0)
「感情を落とし込む」ことへの違和感[2007/07/06]

色々な人と話をしていると、結構な確率で
「人と人の気持ち」「感覚・感情」「思いやり」みたいなものが
次の世代へのキーワードとして挙がってくる。
(半年ぐらい前特に・・・)
確かに、そういう部分は不可欠だと思うし、
結局、人は人の為に行動するものだと思うが、
感情を分析して落とし込み、仕掛る流れになってくると
どうしても違和感があって考えがふくらまなくなる。
はっきりさせなくてもいい
あやふやなまんまでいい
僕たちはなんとなく幸せになるんだ
(ブルーハーツ「夕暮れ」)
へたに頭でこねくりまわさないで、
使う上で「おもしろいんじゃない?」と思うものを、
素直に形にしていくような事をやっていきたい。
どう思うかは、使う人のお任せ。
・・・というのは甘いんだろうか。
気持ちは気持ちでしか受け取れないぜ。
ラガー
July 6, 2007 12:09 AMComments (0)TrackBacks(0)
水が川に沿って流れるように[2007/07/04]

給食エプロンを何回も忘れていた男の子が、
ある事をしたら1回も忘れなくなったというエントリーを見た。
ある事とは
「次に渡す相手を、女の子にした」
それだけ。
素晴らしい。
やっぱ、こういう誰にも角が当たらない、
流れるような解決方法ってあるんだよなぁ。
誰かが辛い思いをしないと回らない世界なんかじゃない。
考えろ!!
July 4, 2007 3:44 AMComments (0)TrackBacks(0)
パンチ力を高めるべきか、カウンターの精度を上げるべきか[2007/06/29]
うーむ、まったくその通りなので、ぐうの音も出なかった。
ぐう。
ん?「ぐう」ってなんだ? 調べた。
苦しい
苦境に追い込まれたとき言わないよ。 「ぐう」なんて。
むしろ、ちょっと余裕を感じる。
「ヤベー、マジでヤバいっす。ホント今回ばかりはヤバいっす。 ぐう。」
・・・
・・・
・・・(こいつはまだ大丈夫だな)
まぁ、いいや本題本題。
パンチ力を高めるか、精度を上げて鋭く打ち抜くか・・・。
取捨択一の問題じゃないんだけど。
ちょっと、ハートをキュッとすれば、パンチ力は上がるのは実証済みなのだが、
通常時のパンチ力をどうするかが課題なんだろう、か?
どうなの?どうなのオレ。
眠いので今日はここまで。
June 29, 2007 4:16 AMComments (0)TrackBacks(0)
忘れていたミラクル[2007/06/26]